東京高等裁判所 平成10年(ネ)3962号 判決 1999年4月27日
控訴人
株式会社成田ハイツリー
右代表者代表取締役
中嶋新太郎
右訴訟代理人弁護士
近藤泰明
被控訴人
宇野隆夫
右訴訟代理人弁護士
伊関正孝
同
飯田潤
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 事案の概要
一 本件は、被控訴人が、控訴人とゴルフ場入会契約を結び、預託金四五〇〇万円を預託したが、右預託金の据置期間満了後に退会したとして、控訴人に対し、右預託金の返還を求めた事案である。原判決は、被控訴人の請求を認容したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。
二 前提となる事実(証拠の記載がないものは、当事者間に争いのない事実である。)
1 控訴人は、ゴルフ場の経営等を目的とする会社である。
2 被控訴人は、控訴人との間で、その経営するゴルフ倶楽部成田ハイツリー(以下「本件ゴルフ場」という。)に入会する契約を結び、昭和六二年一一月一三日、控訴人に預託金四五〇〇万円を預託した。
3 本件ゴルフ場の会則(以下「本件会則」という。)八条は、「保証金は会社に預託し、会員資格取得の日より、一〇年間据置き、その後退会の際返還する。(中略)但し、天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合は、会社取締役会の決議により、理事会の承認を経て据置期間を延長することが出来る。」と定めている。また、本件会則一一条は、「会員は、第八条に定める期間経過後、クラブを退会することが出来る。その場合書面によりその旨を理事会に届出なければならない。理事会において退会の承認を得たものには、保証金証書並びに会員券と引換えに保証金を返還する。」と定めている。
4 被控訴人は、控訴人に対し、平成八年一二月一日付け書面を始めとして数回にわたり書面により、本件預託金の据置期間満了日である平成九年一月一二日の経過をもって、本件ゴルフ場を退会する旨通告した。
5 控訴人は、平成九年一一月一三日付けで、被控訴人の退会を承認したが、預託金の返還には応じていない。
6 その後、控訴人は、平成一〇年六月四日、東京地方裁判所に和議手続開始決定を申し立て、同月五日、次の保全処分決定を受けた(乙一)。
「債務者は、あらかじめ当裁判所の許可を得た場合を除き、
1 平成一〇年六月五日以前の原因に基づいて生じた一切の金銭債権(租税その他国税徴収法の例により徴収する債務、従業員との雇用関係によって生じた債務及び債務総額が金二〇万円以下の債務並びに電気・ガス・水道・電話・通信料の各料金を除く)の弁済及び担保提供
2 金員の借入れ(手形の割引を含む)
をしてはならない。」
7 そこで、控訴人の取締役会は、平成一〇年七月二八日、本件会則九条(被控訴人の本件ゴルフ場入会後、本件会則が変更され、旧八条は九条となったが、趣旨において変更はない)の規定に基づき、右九条を次のとおり変更する旨決議した。そして、本件ゴルフ場の理事会は、同年八月一九日、この会則変更(以下「本件会則変更」という。)を承認した(乙二から四まで)。
「第九条
1 保証金は会社に預託し、平成一〇年六月四日の時点で現実に返還していない保証金の返還については、『株式会社成田ハイツリーが平成一〇年六月四日に東京地方裁判所に対し申し立てた和議手続開始申立(東京地方裁判所平成一〇年(コ)第二一号・以下『本件和議申立』という。)にかかる和議の認可決定確定日(現時点で認可決定がなくとも、将来なされることが期待される認可決定を含む。)』又は『会員権取得の日より一〇年を経過した日』の何れか後に到来する日以降に、退会を条件として和議条件に従って行う。
尚、譲渡による会員資格取得の場合には、その譲受により会員になった者の『会員権取得の日』は新会員取得の日(会社が所定の手続完了の日)である。
2 本件和議申立の取下、本件和議申立の棄却又は本件和議申立にかかる和議の不認可の確定した場合は、第1項規定にかかわらず、保証金の返還は、『会員権取得の日より一〇年を経過した日』以降に、退会を条件として行う。」
三 争点
預託金据置期間を延長した本件会則変更の効力
1 控訴人の主張
本件会則変更により預託金据置期間が延長されたから、被控訴人の本件預託金の返還期日は到来していない。控訴人が本件会則変更をした事情は、次のとおりである。
(一) 控訴人の親会社である高木工業株式会社(以下「高木工業」という。)は、平成一〇年四月三〇日、東京地方裁判所から会社更生手続開始決定を受けた。高木工業は、控訴人の発行済株式を一〇〇%所有する親会社であり、本件ゴルフ場の土地建物の所有者でもある。
(二) 控訴人は、会員から預託を受けた預託金約一五七億円のうち、約一一一億円を高木工業に預けている。
(三) 高木工業に対する右預け金債権が更生債権となったので、控訴人には、ほとんど資産がなく、会員からの預託金返還請求に応ずる財源を確保することが困難な状況になった。ちなみに、控訴人の平成九年一〇月期決算には、二二七八万円の損失を計上した。
(四) このように、控訴人は、ほとんど唯一の資産である高木工業に対する預け金債権が更生債権となるという、まさに当事者にとって天災地変に準ずるような予測困難かつ経営に極めて重大な影響を与える事態が発生したから、会社の再建と債権者の平等を図るため、和議の申立てをした。そして、控訴人は、和議手続による会社再建の成否が決定するまでの間、会員の平等及び共通の利益維持のため、本件会則変更を行ったものである。
(五) 控訴人は、旧会則八条に規定するとおり、契約締結時には容易に予見しがたい事情変更があり、経営に大きな影響を与える事態が発生した場合には、取締役会決議と理事会の承認を経て、預託金の据置期間を延長することができる。本件は、この場合に該当する。そして、本件会則変更は、預託金の返還期日を長期にわたって延長しようとするものではなく、和議手続の結果が判明するまでの短期間(通常一年程度)、返還期日を延長するものにすぎない。
このように、本件会則変更は、暫定的に会員の権利を制限するにすぎず、その内容、延長の期間、方法の点で合理性を有するから、有効である。
2 被控訴人の主張
(一) 本件会則の「天災地変その他の不可抗力の事態」とは、天災地変又はこれに準ずる事由で、当事者の責めに帰すことができず、契約時において当事者はもちろん、社会一般人にも予見不可能かつ回避不可能であって、預託金の返還に重大な支障が生ずる事由と厳格に解すべきである。控訴人の一〇〇%親会社の倒産は、控訴人自身の倒産と同視することができるが、これが「天災地変その他の不可抗力の事態」に該当しないことは、明らかである。
(二) 控訴人は、本件会則変更は、和議事件確定までの短期間、預託金の返還期日を延長するにすぎないと主張する。しかし、本件会則変更は、和議条件に従って預託金を返還するというものであるから、最終的には、預託金の返還が長期間据え置かれることは、必至である。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所も、被控訴人の請求は理由があるものと判断する。その理由は、次のとおりである。
本件会則変更は、「天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合は、会社取締役会の決議により、理事会の承認を経て据置期間を延長することができる。」との変更前の本件会則の定めに基づいて行われたものである。
そして、控訴人の主張によれば、本件会則変更の理由は、控訴人の親会社である高木工業が会社更生手続開始決定を受けたことにより、財務状況が大きく悪化した控訴人が、その再建等を図るため、和議の申立てをしたからである、というものである。これは、結局、高木工業及び控訴人が経済情勢の変動等に応じて適切に企業経営を行うことができなかったということに帰する。
このように高木工業及び控訴人が経営判断を誤ったことが「天災地変その他の不可抗力の事態」に該当しないことは、明らかである。
また、高木工業が会社更生手続開始決定を受けたことや控訴人が和議の申立てをしたのは、予見することが極めて困難なほどの経済情勢の激変があったことが主要な原因であったとしても、企業経営は、常に変動する可能性がある経済情勢その他の様々な環境の下で、リスクを伴いながら営まれる性格のものである。したがって、経済情勢の変動は、企業経営にとって常に前提条件となっているものである。そうすると、経済情勢の変動は、天災地変に該当しないことはもちろん、天災地変と同視することができる不可抗力の事態にも該当しないものというべきである。
ちなみに、控訴人は、会員から預託を受けた預託金のかなりの部分を親会社である高木工業に預けていたため、高木工業が会社更生手続開始決定を受けたことにより、急激に財務状況が悪化したというのである。そうすると、控訴人が多くの会員からの預託金返還請求に応ずることができないような財務状況に陥ったのは、預託金のかなりの部分を親会社に預けるという自らの判断の結果によるものともいえる。
以上のとおりであるから、本件会則変更は、その要件である「天災地変その他の不可抗力の事態」の発生が認められないから、その効力を有しないものである。
なお、控訴人主張の弁済禁止の保全処分決定は、債権者による訴えの提起や強制執行を停止するものではないし、控訴人がそのような保全処分決定を受けていることは、右判断を左右するものではない。
また、和議手続が開始される可能性が相当程度に達し、かつ開始の場合における和議目的達成のために必要なときは、和議法上の保全処分(和議法二〇条)として、債権者による強制執行の停止を命ずることができる場合もある。そして、和議に対する妨害として強制執行がなされる場合に、開始の条件を迅速に整えることにより、和議開始の決定を得て、執行をとめることも可能である(同法二条、四〇条)。しかし、そのような和議法上の手続によることなく、預託金返還請求権の実体法上の弁済期まで延期するのは、必要な限度を超えた行為であり、許容することができない。
二 したがって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官淺生重機 裁判官菊池洋一 裁判官柳田幸三は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官淺生重機)